んこともあると思うが、足下からの便りがないので、何がどうなっているのか少しも事情が分らない。足下からの手紙はたしか十一月の父の死の知らせが最後だ。一月には松枝※[#始め二重括弧、1−2−54]妹※[#終わり二重括弧、1−2−55]と勇※[#始め二重括弧、1−2−54]三男※[#終わり二重括弧、1−2−55]からのが来た。三月には足下のと思って楽しんでいたら、伸※[#始め二重括弧、1−2−54]次弟※[#終わり二重括弧、1−2−55]の、しかも一月に出した、用事としてはすでに時の遅れた、内容の無意味極まる、実に下らないものを見せられた。面会はいつもあんな風にいい加減のところで時間だ時間だと言っては戸を閉められてしまうのだし、用の足りぬこともまたおびただしいかなだ。今うちに誰と誰がどうしているのやら、またどんな経済の事情やら、その他万端のことを本月の面会の時によく話の準備をして来て、簡単にそして詳細によく分るように話してくれ。
足下は初めて子供等の世話をするのだが、どうだいずいぶんうるさい厄介なものだろう。※[#始め二重括弧、1−2−54]継母は父のいくらもない財産の大部分を持って去った。そしてすでに嫁入っている二人の妹の外の六人の弟妹が保子の許に引き取られた。※[#終わり二重括弧、1−2−55]僕は別にむずかしい注文はしない。ただみんなを活発な元気な子供に育ててくれ。ナツメ※[#始め二重括弧、1−2−54]飼猫※[#終わり二重括弧、1−2−55]は急にいたずらをされる仲間ができて困っていやしないか。
去年の十月からほとんど毎月の手紙のたびにドイツ文の本の注文をしているのだが、どうしたのだろう、さらに送ってくれないじゃないか。せっかくできあがりかけた大事なところを半年も休みにされてはまたもとのもくあみに帰ってしまう。大至急何か送ってくれ。
目録の中から安い本を書き抜こう。
フンボルト著、アンジヒテン・デル・ナトゥル。
ヤコブセン著、ゼックス・ノベルレン。
ヴィッセンシャフトリヘ・ビブリオテク 6−8.[#「6−8.」は縦中横]17.[#「17.」は縦中横]73.[#「73.」は縦中横]
ベルタ・フォン・ズットネル著、ディ・ワッヘン・ニイデル。
しばらくドイツ語を休んだかわりに、ロシア語に全力を注いだので、こっちは案外にはやく進歩した。生立の記※[#始め二重括弧、1−2−54]トルストイ※[#終わり二重括弧、1−2−55]のようなものなら何の苦もなく読める。来月中にまた何か送ってくれ。先月の末からの差入れのものは大がい不許になった。近日中に送り返す。なお次のものを至急送ってくれ。※[#始め二重括弧、1−2−54]これは、実はいったん不許になったものを、また別な名で差入れる指図をしたものだ※[#終わり二重括弧、1−2−55]
伊文。プロプリエタ(経済学)。フォンジュアリヤ(哲学の基礎)、ロジカ(倫理学)。
英文。ルクリュ著、プリミチフ(原人の話)。ドラマチスト(文学論)。スカンジネビアン(北欧文学)。フレンチ・ノベリスト(仏国文学)。
仏文。ラポポルト著、歴史哲学。ノビコオ著、人種論。
なおほかに英文で、ウォドのピュア・ソシオロジイとサイキカル・ファクタアス、ギディングスのプリンシプル・オブ・ソシオロジイ。
ここまで書いたら、体重をとるので呼び出された。十三貫四百目。去年の末からとるたびに百目二百目ずつ増える。からだの丈夫なのはこれで察してくれ。
*
堀保子宛・明治四十三年六月十六日
不許とあきらめていた四月上旬出の手紙を五月の半ばに見せられた。たぶん三月の半ばに一月出の※[#始め二重括弧、1−2−54]伸※[#終わり二重括弧、1−2−55]のを見たから、それから満二カ月目※[#始め二重括弧、1−2−54]懲役囚は二カ月に一回ずつしか発信受信を許されていない※[#終わり二重括弧、1−2−55]の今日まで延ばされたのだと思う。お上の掟というものはまことに峻厳なものだ。しかし四月下旬出のあの手紙は即刻見ることができた。これはまたたぶん臨時にというお恵みに与かったのだと思う。お上の掟にはまたこの寛容がある。ともかくこの一通の手紙で万事の詳しいことが分ったのではなはだありがたかった。
花壇を作ったということだが、思えば僕等が家を成してからすでに六年に近く、この間自ら花壇を作ることのできたのがわずかに二回、しかも一回だに自分の家の花壇の花を賞したことがない。
この監獄では僕等の運動場の向うに、肺病患者などのいる隔離監というのがあって、その周囲の花壇がいつも僕等の目を喜ばしてくれる。本年も四月の初めに、何の花だか遠目でよくは分らなかったが、赤い色の大きなのが咲きそめて、今はもう、石竹、なでしこの類が千紫万紅
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