お客となって、
「どうも相済みません。どうぞこれで御帰りを願います」というお挨拶で帰された。
 元来僕は、ほとんど一滴も飲めない、女郎買いなぞは生れて一度もしたことのない、そして女房と腕押しをしてもいつも負けるくらいの実に品行方正な意気地なしなのだ。
 奥さんも御一緒[#「奥さんも御一緒」はゴシック体]
 それから、これは本年の夏、一週間ばかり大阪の米一揆を見物して帰って来ると、
「ちょっと警察まで。」
 ということで、その足で板橋署へ連れて行かれて、十日ばかりの間「検束」という名義で警察に泊め置かれた。
 しかしそれも、何も僕が大阪で悪いことをしたという訳でもなく、また東京へ帰って何かやるだろうという疑いからでもなく、ただ昔が昔だから暴徒と間違われて巡査や兵隊のサーベルにかかっちゃ可哀相だというお上の御深切からのことであったそうだ。立派な座敷に通されて、三度三度署長が食事の註文をききに来て、そして毎日遊びに来る女をつかまえて、
「どうです、奥さん。こんなところではなはだ恐縮ですが、決して御心配はいりませんから、あなたも御一緒にお泊りなすっちゃ。」
 などと真顔に言っていたくらいだから
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