主義だな。」
 初めから僕に脹れっ面をしていた巡査は、いきなり僕に食ってかかった。
「そうだ、それがどうしたんだ。」
 僕も巡査に食ってかかった。
「社会主義か、よし、それじゃ拘引する。一緒に来い。」
「それや面白い。どこへでも行こう。」
 僕は巡査の手をふり払って、その先きに立ってすぐ眼の前の日本堤署へ飛びこんだ。当直の警部補はいきなり巡査に命じて、僕等のあとを追って来た他の二人まで一緒に留置場へ押しこんでしまった。
 これが当時の新聞に「大杉栄等検挙さる」とかいう事々しい見だしで、僕等が酔っぱらって吉原へ繰りこんで、巡査が酔いどれを拘引しようとする邪魔をしたとか、その酔いどれを小脇にかかえて逃げ出したとか、いい加減な嘘っぱちをならべ立てた事件の簡単な事実だ。
 そして翌朝になって、警部が出て来てしきりにゆうべの粗忽を謝まって、「どうぞ黙って帰ってくれ」と朝飯まで御馳走して置きながら、いざ帰ろうとすると、こんどは署長が出て来て、どうしたことか再びまたもとの留置場へ戻されてしまった。
 かくして僕等は、職務執行妨害という名の下に、警察に二晩、警視庁に一晩、東京監獄に五晩、とんだ木賃宿の
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