板の二人と一緒に、三輪から日本堤をてくって行った。この和田も久板も今は初陣の新聞紙法違犯で東京監獄にはいっているが、本年の二科会に出た林倭衛の「H氏の肖像」というのはこの久板の肖像だ。
 吉原の大門前を通りかかると、大勢人だかりがしてわいわい騒いでいる。一人の労働者風の男が酔っぱらって過ってある酒場の窓ガラスを毀したというので、土地の地廻りどもと巡査がその男を捕えて弁償しろの拘引するのと責めつけているのだった。
 その男はみすぼらしい風態をして、よろよろよろけながらしきりに謝まっていた。僕はそれを見かねて仲へはいった。そしてその男を五、六歩わきへ連れて行って、事情を聞いてそこに集まっているみんなに言った。
「この男は今一文も持っていない。弁償は僕がする。それで済む筈だ。一体、何か事あるごとに一々そこへ巡査を呼んで来たりするのはよくない。何でもお上にはなるべく御厄介をかけないことだ。大がいのことは、こうして、そこに居合した人間だけで片はつくんだ。」
 酒場の男どももそれで承知した。地廻りどもも承知した。見物の弥次馬どもも承知した。しかしただ一人承知のできなかったのは巡査だ。
「貴様は社会
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