へ呼ばれたことがあった。その看守長はせいの低い小太りで猫背の、濃い口髯の、そしていつも顔中髯だらけにしてその中から意地の悪そうな細い眼を光らしている男だった。僕等はこの男を「熊」と呼んでいた。
 はいると、いきなり、
「そこへ坐れ。」
 と顎で指さした。見ると、足元にはうすべりが二枚に折って敷かれている。僕は黙って知らん顔をしていた。煉瓦造りの西洋館の中で、椅子テーブルを置いて、しかも向うは靴をはいてその椅子に腰掛けながら、こちらには土下座をしろと言うのだ。僕はほとんどあきれ返った。
「なぜ坐らんか。」
「いやだから坐らない。」
「何がいやだ。」
「立っていたって話ができるじゃないか。」
「理窟は言わんでもいいから坐れ。」
「君も坐るんなら僕も坐ろう。」
 というような押問答の末に、さっきからその濃い眉をびくびくさせていた看守長は、決然として起ちあがった。
「命令だ! 坐れ!」
 僕はこの命令という声が僕の耳をつんざいた時に、その瞬間に、僕のからだ全体が「ハッ」と恐入る何ものかに打たれたことを感じた。そしてそれを感じると同時に、その瞬間の僕自身に対する反抗心がむらむらと起って来た。

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