命令が何だ。坐らせるなら坐らせて見ろ。」
 さっきまでの冷笑的の態度が急に挑戦の態度に変った。そしてこの時もやはり、前の典獄室におけると同じように、そのまま自分の室へ帰された。叱られる筈のことには一言も及ばないうちに。
 この命令だという一言に縮みあがるのは、数千年の奴隷生活に馴れた遺伝のせいもあろうが、僕にはやはり大部分は幼年校時代の精神的遺物であろうと思われる。
 僕は元来ごく弱い人間だ。もし強そうに見えることがあれば、それは僕の見え坊から出る強がりからだ。自分の弱味を見せつけられるほど自分の見え坊を傷つけられることはない。傷つけられたとなると黙っちゃいられない。実力があろうとあるまいと、とにかくあるように他人にも自分にも見せたい。強がりたい。時とするとこの見え坊が僕自身の全部であるかのような気もする。
 こんど犯則があれば減食ぐらいでは済まんぞという筈のが、その後三日間と五日間との二度減食処分を受けた。一度は荒畑と運動場で話したのを見つかって二人ともやられた。もう一度のは何をしたのだったか今ちょっと思い出せない。
 荒畑も僕と同じようによく叱られていたが、ある晩あまり月がいいので
前へ 次へ
全61ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大杉 栄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング