ことがなかったのだ。で、この話を聞いた僕には、それが唯一の楽しい期待になっていたのだ。
「それやいいな。早く行って食いたいな。」
 荒畑も、そばにいた二、三人も、嬉しそうに微笑んだ。
 下駄の緒の心造り[#「下駄の緒の心造り」はゴシック体]
 着いて見ると、なるほど建物は新築したばかりでてかてか[#「てかてか」に傍点]光っている。室は四畳半敷くらいの、南向きの、明るい小綺麗な室だ。何よりもまず窓が低くて大きい。東京のちょっとした病院の室よりもよほど気持がいい。
 が、第一にまず役人の利口でないのに驚かされた。着くとすぐ、みんな一列にならべさせられて、受持の看守部長の訓示を受けた。
「こんどはみんな刑期が長いのだから、よく獄則を守って、二年のものは一年、一年のものは半年で出られるように、自分で心掛けるんだ。」
 というような意味のことを繰返し繰返し聞かされた。僕等はあざ笑った。こんなだまし[#「だまし」に傍点]が僕等にきくと思っているんだ。また、よし本当に好意でそう言ってくれたものとしても、僕等に仮出獄なぞといういわゆる恩典があるものと思うのもあまりに間が抜けている。まるで僕等を知らない
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