僕等のいる十一監というところは獄中で一番涼しいところなのだそうだ。煉瓦の壁、鉄板の扉、三尺の窓の他の監房とは違って、ちょうど室の東西がすべて三寸角の柱の格子になっていて、その上両面とも直接に外界に接しているのだから、風さえあればともかくも涼しいわけだ。それに十二畳ばかりの広い室を独占して、八畳づりの蚊帳の中に起きて見つ寝て見つなどと古く洒落れているのだもの。平民の子としてはむしろ贅沢な住居だ。着物もことに新しいのを二枚もらって、その一枚を寝巻にしている。時に洗濯もしてもらう。
「老子の最後から二章目の章の終りに、甘其食、美其衣、安其所、楽其俗、隣国相望、鶏犬声相聞、民至老死不相往来という、その消極的無政府の社会が描かれてある。最初の一字の甘しとしただけがいささか覚束ないように思うけれど、まず僕等の今の生活と言えば、まさにこんなものだろうか。妙なもので、この頃は監獄にいるのだという意識が、ある特別の場合の外はほとんど無くなったように思う。」(堺宛)
この蚊帳で思い出すが、ある夜、暑苦しくて眠れないので、土間をぶらぶらしている看守に話しかけた。
「少しくらい暑くたって君等はいいよ。僕は
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