れたまえ。」
僕は一度この老人にその持って来た着物の不足を言った。
「贅沢言うな。」
老人はこう言い棄てて隣りの室の方へ行った。
「おい、君、君!」
と僕は少し大きな声で呼び帰そうとした。看守はそれを聞きつけてやって来た。そして一応僕の苦情を聞いて、
「新しいのを一枚持って来てやれ。」
と老人に言いつけた。老人はぶつくさ言いながらまた取りに行った。
これはこの老人の一刻者らしいいい例ではないが、とにかくすべてがこの調子だった。他の囚人の苦情なぞはいっさい取りいれない。毎日半枚ずつ配ってくれる落し紙ですら、腹工合が悪いからもう一枚くれと言っても、決して余計にくれたことはない。時には、いいから何とかしてやれなどという看守に、獄則を楯にして食ってかかることすらあったが、この獄則を守る点では、先きにも言ったようにまるで裏表のない、獄則そのものの権化と言ってもいいくらいだった。数年前の規則そのままに、歩く時には手を少しも振らないように、五本の指をぴんとのばして腰にしっかりと押しつけていた。賞標の白い四角な布も三つほど腕につけていた。
最初殺人で死刑の宣告を受けたのを、終身に減刑され、
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