た紙きれを受取ったが、それっきり彼とはまだ一度も会わない。
 二十五年目の出獄[#「二十五年目の出獄」はゴシック体]
 この男と一緒にやはり雑役をしていた、もう六十を越した一老人があった。やはり僕が二度目の満期になる少し前に放免になったのだが、何でも二十五年目とか六年目とかで日の目を見るのだと言っていた。
「電車なんてものはどんなものだか、いくら話に聞いても考えても分りませんや。何しろ電燈だって初めてここで知ったんですからな。」
 ある時彼は夢見るような目つきで電燈を見あげながら言った。
 看守がそばにいて、一緒になって話をする時には、彼はよくいろんなことを話した。しかしそうでない時には、雑役としての用以外には、ほとんど一言もきかない。自分の監房にいる時でもやはりそうだ。看守のすき[#「すき」に傍点]を窺ってはいろんな悪戯やお饒舌をする時にも、彼だけは一人黙ってふり仮名つきの何かの本を読んでいた。話しかけられても返事をしない。雑役としての用をする時にも、よほど意地の悪い看守よりも、もっと一刻者だった。
「おい君、こんなきたない着物じゃしょうがないじゃないか。もっと新しいのを持って来てく
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