して手に入れたろう。よほどの苦心をして何かから搾り取って寄せ集めでもしたものに違いない。が、何のためにそれだけの苦心をしたのだろう。しかもそれは、自分の女や子供の絵ではなく、まったく似てもつかない他人の顔なのだ。
寧斎殺しの方は証拠不十分で無罪になったとか言って非常に喜んでいたことがあった。また、本当か嘘か知らないが、薬屋殺しの方は別に共犯者があってその男が手を下したのだが、うまく無事に助かっているので、その男が毎日の食事の差入れや弁護士の世話をしてくれているのだとも話していた。そしてある時なぞは、何かその男のことを非常に怒って、法廷ですっかり打ちあけてやるのだなどといきごんでいたこともあった。
その後赤旗事件でまた未決監にはいった時、ある日そとの運動場で散歩していると、男三郎が二階の窓から顔を出して、半紙に何か書いたものを見せている、それには、
「ケンコウヲイノル。」
と片仮名で大きく書いてあった。僕は黙って頷いて見せた。男三郎もいつものようににやにやと寂しそうに微笑みながら、二、三度お辞儀をするように頷いて、しばらく僕の方を見ていた。
その翌日か、翌々日か、とうとう男三郎が
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