かの本を差入れてやった。
男三郎は獄中の被告人仲間の間でもすこぶる不評判だった。典獄はじめいろんな役人どもにしきりに胡麻をすって、そのお蔭で大ぶ可愛がられて、死刑の執行が延び延びになっているのもそのためだなぞという話だった。面会所のそばの、自分の番の来るのを待っている間入れて置かれる、一室二尺四方ばかりの俗にシャモ箱という小さな板囲いの中には、「極悪男三郎速かに斬るべし」というような義憤の文句が、あちこちの壁に爪で書かれていた。
僕なぞと親しくしたのも、一つは、自分を世間に吹聴して貰いたいからであったかも知れない。現にそんな意味の手紙を一、二度獄中で貰った。その連れになっていた同志にもいつもそんな意味のことを言っていたそうだ。
要するにごく気の弱い男なんだ。その女の寧斎の娘のことや子供のことなぞを話す時には、いつも本当に涙ぐんでいた。子供の写真は片時も離したことがないと言って、一度それを見せたこともあった。また、これは自分が画いた女と子供の絵だと言って、雑誌の口絵にでもありそうな彩色した絵を見せたこともあった。どうしても何かの口絵をすき写ししたものに違いなかった。しかし絵具はどう
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