[#「野口男三郎君」はゴシック体]
 翌日は雨が降って、そとへ出て運動ができないので、朝飯を済ますとすぐに、三、四人ずつ廊下で散歩させられた。
 僕は例の食器口を開けて、みんなが廊下の廻りを廻って歩くのを見ていた。山口と一緒のゆうべ隣りの男を仲介にして話した男とも目礼した。そしてもう一人の同志と一緒にいるのが、当時有名な事件だった寧斎殺しの野口男三郎ということは、その組が散歩に出るとすぐ隣りの男から知った。男三郎も、その連れから僕のことを聞いたと見えて、僕と顔を合せるとすぐに目礼した。
 男三郎とはこれが縁になって、その後二年余りして彼が死刑になるまでの間、碌に口もきいたことはないのだが大ぶ親しく交わった。その間に僕は、出たりはいったりして二、三度しばらくここに滞在し、その他にも巣鴨の既決監から余罪で幾度か裁判所へ引き出されるたびに一晩は必ずここに泊らされた。そしてことに既決囚になっている不自由な身の時には、ずいぶん男三郎の厄介になった。男三郎自身の手からあるいは雑役という看守の小使のようになって働いている囚人の手を経て、幾度か半紙やパンを例の食器口から受取った。僕もそとへ出たたびに何
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