。論理は自然の中に完全に実現されている。そしてこの論理は、自然の発展たる人生社会の中にも、同じくまた完全に実現せられねばならぬ。
「僕はまた、この自然に対する研究心とともに、人類学や人間史に強く僕の心を引かれて来た。こんな風に、一方にはそれからそれへと泉のように学究心が湧いて来ると同時に、(中略)
「兄の健康は如何に。『パンの略取』の進行は如何に。僕は出獄したらすぐ多年宿望のクロの自伝をやりたいと思っている。今その熟読中だ。」

 それからもう出獄近くなって山川に宛てた手紙を出した。その中に法廷に出る云々というのは、あとの新聞紙条令違犯の公判の時のことだ。
「きのう東京監獄から帰って来た。まず監房にはいって机の前に坐る。本当にうちへ帰ったような気がする。
「僕は法廷に出るのが大嫌いだ。ことに裁判官と問答するのはいやでいやで堪らぬ。いっそのこと、ロシアのように裁判しないですぐシベリアへ逐いやるというようなのが、かえって赤裸々で面白いようにも思う。貴婦人よりは淫売婦の方がいい。
「裁判が済めばまず東京監獄へ送られる。門をはいるや否や、いつも僕は南京虫のことを思って戦慄する。一夜のうちに少なくとも二、三十カ所は噛まれるのだもの、痛くてかゆくて、寸時も眠れるものじゃない。僕が二、三日して巣鴨に帰ると、獄友諸君からしきりに痩せた痩せたというお見舞いを受ける。
「ただ東京監獄で面白かったのは鳩だ。ちょうど飯頃になると、窓のそとでばたばた羽ばたきをさせながら、妙な声をして呼び立てる。試みに飯を一かたまり投ってやる。十数羽の鳩があわただしく下りて来て、瞬く間に平らげてしまう。また投ってやる。面白いもんだから幾度も幾度も続けざまに投ってやる。飯をみな投ってしまって汁ばかりで朝飯を済ましたこともある、あとで腹がへって困ったが、あんな面白いことはなかった。
「巣鴨に帰る。大変早かったね、裁判はどうだった。などと看守君はいろいろ心配して尋ねてくれる。何だか[#「何だか」は底本では「何だが」と誤記]気も落ちつく。本当にうちへ帰ったような気がする。
「しかしこのうちにいるのも、もうわずかの間となった。久しいイナクティブな生活にもあきた。早く出たい。そして大いに活動したい、この活動については大ぶ考えたこともある。決心したこともある。出たらゆっくり諸君と語ろう。同志諸君によろしく。」
 鬼界ケ島の
前へ 次へ
全31ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大杉 栄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング