して手に入れたろう。よほどの苦心をして何かから搾り取って寄せ集めでもしたものに違いない。が、何のためにそれだけの苦心をしたのだろう。しかもそれは、自分の女や子供の絵ではなく、まったく似てもつかない他人の顔なのだ。
寧斎殺しの方は証拠不十分で無罪になったとか言って非常に喜んでいたことがあった。また、本当か嘘か知らないが、薬屋殺しの方は別に共犯者があってその男が手を下したのだが、うまく無事に助かっているので、その男が毎日の食事の差入れや弁護士の世話をしてくれているのだとも話していた。そしてある時なぞは、何かその男のことを非常に怒って、法廷ですっかり打ちあけてやるのだなどといきごんでいたこともあった。
その後赤旗事件でまた未決監にはいった時、ある日そとの運動場で散歩していると、男三郎が二階の窓から顔を出して、半紙に何か書いたものを見せている、それには、
「ケンコウヲイノル。」
と片仮名で大きく書いてあった。僕は黙って頷いて見せた。男三郎もいつものようににやにやと寂しそうに微笑みながら、二、三度お辞儀をするように頷いて、しばらく僕の方を見ていた。
その翌日か、翌々日か、とうとう男三郎がやられたといううわさが獄中にひろがった。
出歯亀君[#「出歯亀君」はゴシック体]
出歯亀にもやはりここで会った。大して目立つほどの出歯でもなかったようだ。いつも見すぼらしい風をして背中を丸くして、にこにこ笑いながら、ちょこちょこ走りに歩いていた。そしてみんなから、
「やい、出歯亀。」
なぞとからかわれながら、やはりにこにこ笑っていた。刑のきまった時にも、
「やい、出歯亀、何年食った?」
と看守に聞かれて、
「へえ、無期で。えへへへ。」
と笑っていた。
強盗殺人君[#「強盗殺人君」はゴシック体]
それから、やはりここで、運動や湯の時に一緒になって親しい獄友になった三人の男がある。
一人は以前にも強盗殺人で死刑の宣告を受けて、終身懲役に減刑されて北海道へやられている間に逃亡して、また強盗殺人で捕まって再び死刑の宣告を受けた四十幾つかの太った大男だった。もう一人は、やはり四十幾つかの上方者らしい優男で、これは紙幣偽造で京都から控訴か上告かして来ているのだった。そして最後のもう一人は、六十幾つかの白髪豊かな品のいい老人で、詐欺取財で僕よりも後にはいって来て、僕等の仲間にはいった
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