』  
  馬場君が笑ひながら話した此の言葉が今ふいと僕の頭に浮んだ。
『さうだ。此の事を話ししよう。』
 僕は思ひがけないいい話の材料を捉へたので、話の順序の腹案をしに中庭へぶらつきに出た。

 斯うして僕がそとへ出てゐる間に、生田君の話も済み、有島生馬君の誰れだつたかの西洋の画家の話も済み、馬場君の近代社会文芸に就いての話も済んだ。そしてあと一人で、いよ/\最後の僕の番になつた。
 其の間に僕はちよつと委員室にはいつてお茶を飲んで休んでゐた。すると、一人の委員があはただしく室の中へ駆けこんで来た。
『おい、また警察から電話だよ。今日の演説会の責任者に出てくれとさ。』
『また、さつきの事なんだらう。うるさい奴だな。で、君は何んと云つたんだ。』
『うん、大杉先生を呼んだのは誰れだの、先生は演説をするかの、演題は何んだのと、いろんな事を聞きやがるんだ。僕は面倒臭いから何んにも知らんて云つて来たんだがね。とにかく待つてるんだから、誰れか出てうまくやつてくれよ。』
『本当にうるさい奴だな。ぢや、二三人で行つて、皆んなで電話口でわい/\云つて、それでもまだ何にか面倒な事を云ふやうだつたら、構ふ事はねえ、直ぐ電話を切つちやおうぢやないか。』
『さうだ、それがいい、それがいい。』
 若い三四人の学生がドタバタと電話室の方へ駆けて行つた。そして暫くすると、皆んなで大きな声でアハハアハハと笑ひこけながら帰つて来た。
『とうたう切つちやつたんですよ。奴等は不意打を食つて大あはてにあはててゐるんですがね、なあに構ふもんですか。』一緒に行つたHが、また腹をかかへながら、笑つて云つた。そして、
『しかし、とにかく邪魔のはいらんうちに早くやつちやおうぢやないか。』
 と皆んなに云ひながら、
『先生もどうぞ上へ。』
 と云つて、皆んなで又講堂の方へ駆け出した。僕も其のあとへ随いて行つた。講壇では学校の講師の何んとか云ふ人が何にか話してゐた。委員の一人は何にか紙片に書いて講壇の上へ持つて行つた。其の講師はそれを見ると、急に話をいい加減に端折つて講壇から下りた。そしてHが聴衆に僕を紹介した。
 盛んな拍手が起つた。僕はもう、さつき考へてゐたやうな、椅子に腰かけて話さうなぞと云ふ呑気な心持ではゐられなくなつた。そしてとうたう、苦しいのを我まんしいしい、一時間余り喋舌り続けた。
 僕が何にを喋舌つたか
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