の気取つた身振り口調で、生田君独特の社会問題の話をしてゐる。僕は講檀の横の弁士席に、馬場狐蝶君のそばに座を占めた。
生田君は先日来の、社会主義候補者たる堺の選挙運動の応援から、大ぶ社会問題に油が乗つてゐた。ふだんの雄弁よりも、一層の雄弁をふるつてゐた。場内には若い生気が充ち満ちてゐる。僕は直ぐに此のアトモスフエアに同化されて了つた。途中で一二度引つ返さうかとまで思つた疲れたからだをも忘れて、何にか気焔を吐いて見たい気持になつた。そこへHがやつて来た。
『演題は何んとして置きませう。今あそこへ張りつけようと思ふんですが。』
Hは小声で斯う云ひながら、講壇のうしろの貼紙を指さした。僕の名の上には演題未定としてある。
『あの儘でいいぢやないか。実際まだ未定なんだから。』
『ええ、しかしそれでも困りますから、何にか題を……』
『こつちも困るよ、さう早急ぢや……』
と僕はちよつと考へたが、勿論さう急に題が出来るものでもない。何にを話さうかすらまだ決まつちやゐないのだ。しかしHが笑ひながら黙つて僕の返事を待つてゐるのを見ると、何んとか云はなくちやならん。
『ではね、何にを話すか知れんが、とにかく座談とでもして置いてくれ給へ。』
僕は仕方なしに嘗つて自分の雑誌で或る雑録につけた題を思ひ出して云つた。そしてHが行つて了つたあとで、こんな事を考へてゐた。先づ病気の云ひ訳をして、演壇に椅子を持つて来て貰つて、そこへ腰かけながら何にか喋舌つて見よう。
さう決めて僕はそばにゐた馬場君の方を見た。馬場君も生田君と一緒に堺の応援に加はつてゐた。僕は二人ともよく思ひ切つて堺の選挙演説なぞに出たものだと思つてゐた。そして今、恐らくは人並みはづれた喫烟からだらうと思はれる馬場君の妙にくすぶつた、其の生活や年齢から見ても少しやつれ過ぎた顔を見ながら、ふといつか馬場君が話した其の亡兄の遺言と云ふのを思ひ出した。
『私への直接の遺言ではないんですがね。とにかく兄貴が或る人を介して私に伝へた、まあ遺言とも云ふべきものが、たつた一つあるんです。しかも、それが大ぶ変つた遺言だから面白いんです。日本のやうな国では、何にか少し人間らしい事をしようと思へば、どうしても牢にはいらなくちやならね。だからお前も其のつもりでうんと勉強をしろ。と云ふんですよ。ところが、どうも、此の遺言はなか/\果せさうもないんで……
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大杉 栄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング