蠅
横光利一
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)一疋《いっぴき》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二|間《けん》
−−
一
真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋《いっぴき》の蠅だけは、薄暗い厩《うまや》の隅《すみ》の蜘蛛《くも》の巣にひっかかると、後肢《あとあし》で網を跳ねつつ暫《しばら》くぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬糞《ばふん》の重みに斜めに突き立っている藁《わら》の端から、裸体にされた馬の背中まで這《は》い上《あが》った。
二
馬は一条《ひとすじ》の枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背《ねこぜ》の老いた馭者《ぎょしゃ》の姿を捜している。
馭者は宿場《しゅくば》の横の饅頭屋《まんじゅうや》の店頭《みせさき》で、将棋《しょうぎ》を三番さして負け通した。
「何《な》に? 文句をいうな。もう一番じゃ。」
すると、廂《ひさし》を脱《はず》れた日の光は、彼の腰から、円《まる》い荷物のような猫背の上へ乗りかかって来た。
三
宿場の空虚な場庭《ば
次へ
全10ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング