しゃっと頬にあたったときは悲鳴をあげたが、すぐまた反対の側から同様のを続けて喰《くら》うと出かかった悲鳴も声にはならず、もう不貞不貞《ふてぶて》しい覚悟でさらに飛び散る弾の中を踊り潜《くぐ》ってゆくのだった。
「あの子|可哀想《かわいそう》に、やられてばかりだなア」
 梶は投げつけようとしていた餅もやめにして云った。
「どの子です」
「あの子」
 おいおい、と云う風にすぐまたヨハンは、眼の大きなその踊子を手招きした。この踊子も小趨《こばし》りに彼らの箱へ来ると、これはイレーネとは違い、いきなり真近く梶の傍へぴたりと擦《す》りよって来て、じっと彼の顔を正面から瞶《みつ》めた。傍で見ると、その眼はあまり大きく却って表情が分らなかった。爛爛《らんらん》と光り輝く眼で、今にも飛びかかって来そうな底知れぬ黒さだった。
 梶は場中の華形ばかりをよせ集めた絢爛《けんらん》さに取り囲まれ、いつの間にか、各席の視線を吸いとっている自分が不思議だった。
「これはアンナと云う名ですが、ホテルはブリストルかと訊《き》いていますよ」
 とヨハンは暫くして彼に云った。そうだと彼が答えると、アンナは何事かまたヨハン
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