ち、餅《もち》の殻が各席に配られると、客らはそれを手ん手に掴《つか》みあたり介意《かま》わず投げつけ合った。それまで静にしていたヨハンも大きな体を乗り出させて、ホールの渦を目がけて手あたり次第に投げつけては笑った。その彼の様子には、大学校教授の少年の日の腕白さがふと丸出しに顔を出し、梶も愉快で餅殻をヨハンと一緒に投げつけるのだった。
「もっとやりなさい。もっと」
と、ヨハンは餅殻をかき集めては彼にすすめて立ち上った。遠くで殻を巧みに受けとめた客は、それをまた投げ返したり、爆《はじ》け散り飛ぶ中で身を竦《すく》めたりした。
このような喧騒《けんそう》を極《きわ》めた中でも、彼の箱の一隅で、喇叭はイレーネの肩に手をかけ、何事か一心不乱のさまで彼女の耳にかき口説《くど》いてやまなかった。喇叭の腕に巻きつかれた中で、じっと竦んだまま首垂《うなだ》れてゆくイレーネの首の白さを眼にしながら、彼は寂しさを感じた。そして今度は眼の大きな踊子に狙《ねら》いをつけ餅殻を投げてみるのだった。その子の体は、周囲から飛び来る弾の集中射撃を浴びていて、身を飜す暇もなく、絶えず肩に胴に餅殻は爆けつづけていた。ぴ
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