るのも、自然な生理であろうと梶はのべたが、実は、料亭そのものの方がはるかに美しく、音楽もウイーン風の庭に似合わしいのが、爽爽《すがすが》しい気持ちだった。
「今夜はひとつ、踊場を御案内いたしましょう」とヨハンは、料亭を出たとき珍らしく梶に云った。
 その踊場もこの国では一等のところだとまた彼は話し、一度ホテルへ戻ってから時間を待って、二人はある家の門をくぐっていった。中は奥深い劇場に似ていた。中央のホールを囲む客席のボックスも、全面が真赤な天鵞絨《びろうど》で張り廻《めぐら》された、一国の首都には適当な設備の完備した豪華なものだった。
 集っている踊子らもここのは数多く揃《そろ》ってみな美しかった。中でも一人|際立《きわだ》った若さで、眼の異様に大きく光る子が、もう相当に見えていた各国の旅客たちの的らしかった。梶はかち合う客らが尾を曳《ひ》いてその子の後を追う露骨さが面白かった。踊りの合い間には、どこの国でも同様の流しの芸人たちが、時間を決めて廻って来ると、ボーカル、手品と退屈の暇もなく時間はたつのだった。バンドもここのは緩急の調子も良かった。その中に、伯爵の放蕩《ほうとう》息子だとい
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