ちらにしても、実に梶には恐るべき童話になるのだった。特に自分の国に好意をよせ、出すべき舌を隠していてくれる場所であるだけになお彼にはこの罌粟《けし》の中の都会が恐るべきものに見えて来た。
 その夜、ヨハンは食事のとき、また昨夕とは違った料亭へ梶をつれて行って、そして云った。
「この家の料理はこの国で一等です。ハンガリヤ料理です」
 三日目に、ようやく彼はこの国の最上の料理を梶に食べさせてくれるわけだった。ここでも島の中の料亭と同じく庭の中の野天の食事だったが、別れた客席のそれぞれが、花や蕾《つぼみ》をつけた自然の蔓薔薇《つるばら》の垣根《かきね》からなる部屋で、隣席が葉に遮《さえぎ》られて見えず、どの客も中央の楽団から演奏されて来る音楽だけを愉《たの》しむ風になっていた。
「いかがですか、ここの料理は?」
 ヨハンは梶からここだけ答えを聞きたいらしかった。料理はダニューブの魚と野菜に独特な美味なものがあったが、味はどれも味噌《みそ》に似たマヨネーズで統一をつけてあるためか、梶には少し単調にすぎて塩辛《しおから》かった。原野の強烈な色彩の中で育った調味法は、塩を利《き》かす工夫に向けられ
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