がたかった。
その日は王宮や古代建築を見て廻ってから、梶は不足になった金を補いたく銀行へより路《みち》した。そして、この地で入用なだけをヨハンの云うまま預金の中から出して貰うとき、不覚なことにも、日本を出発に際して銀行員の記入した紀元年数に、一年の間違いあることを指摘された。預金帳を見ると、なるほど明らかに誤記してあった。ヨハンは何事かこの地の銀行員と暫く話していてから梶に対《むか》い、
「この期日の間違いには、銀行として応じるわけには不可《いか》ないそうでありますが、あなたは日本の方ですから、特にこの度《た》びは、規則を破ってお払いすると、云いました」
とそう云って、所用のハンガリヤ紙幣を梶にわたしてくれた。梶はふかくその銀行員の好意に感謝し銀行を出た。しかし、彼は歩きながらも、日本の銀行員の落度と、それに気附かずハンガリヤで指摘された自分の二つの落度が、忽《たちま》ち諷刺の爪《つめ》をむき立てた獅子に追われるようで暫く不愉快になるのだった。
「みなのものは、この獅子には舌がないと云って、笑いました。そうしますと、その彫刻家は自殺しました」
自分がその獅子か彫刻家か、しかし、ど
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