われても、表情を怒らしたことがなかった。
「お光《みつ》、お前はそんなこと云うけれども、まアまア、」
 といつも云うだけで、どういう心の習練か恐るべき寛容さを持ちつづけて崩さなかった。
 四番目の叔母は私の母とは一つ違いの妹だった。でっぷりよく肥えた顔にいちめん雀斑《そばかす》が出来ていて鼻の孔《あな》が大きく拡《ひろ》がり、揃ったことのない前褄《まえづま》からいつも膝頭《ひざがしら》が露出していた。声がまた大きなバスで、人を見ると鼻の横を痒《か》き痒《か》き、細い眼でいつも又この人は笑ってばかりいたが、この叔母ほど村で好かれていた女の人もあるまいと思われた。自分の持ち物も、くれと人から云われると、何一つ惜しまなかった。子供たちを叱るにも響きわたるような大声だったが、それでも笑って叱っていた。



底本:「昭和文学全集 第5巻」小学館
   1986(昭和61)年12月1日初版第1刷発行
底本の親本:「定本横光利一全集」河出書房新社
   1981(昭和56)年6月〜
入力:阿部良子
校正:松永正敏
2002年5月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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