野の短い説明の仕方も要領の良い飛躍で、目ぼしい品の前に来ると自分も見直すという風にひとり感嘆の声を上げ、
「どうです。君も少し勉強してお習字でもやり直してみませんか。」と彼は千鶴子に笑って云った。
「じゃ、真紀子さんもおやりになってらっしゃるの。」と千鶴子は訊ねた。
「早坂は僕の弟子になったんだからなア、あれには無理にもやらせるつもりだ。しかし、俳句は相当上って来たね。まだひどく性格が大正流に崩れておるのでね。それをこの硯で直してやるのですよ。」
褐色の袖無しを着込んで机の前に坐った東野の眼が、底光りしながら開いた額の下で涼しい微笑を帯んでいた。矢代は眉子を棚から下して掌に乗せ、硯面の蚕に似た斑紋を透かして見て、東野の俳号も眉子というのかと訊ねた。
「まア、いつの間にかそんな風になったのだなア。僕は家内が勝子というものだから、初期の間は、例の見て来て勝つで、ラテン語でビシと洒落てみたのさ。ところが、だんだん硯の方が好きになってね。このごろじゃ、眉子は中国の硯だから、ひとつ日本名に改名して何んとか庵とでもしたいと思ってるところだよ。名は他人につけて貰うのが一番いいんだから、一つ考えとい
前へ
次へ
全1170ページ中981ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング