の方の中庭を越して離れになった中二階の居間へ通された。ここはまた広い庭に丈の高い芒ばかりが生い茂っているだけで、野末を見渡すような芝生の一隅にその離れの座敷が浮いていた。
「これでこの部屋は雨が降るといいんだよ。」と東野は案外気に入っているらしく、部屋の障子を開け放した。
 密閉されたガラスの棚には、大きな数十の古硯や古墨その他、古い文房具の犇めくように並んでいる中に混り、八大山人の対幅と、オートイユの競馬の版画が懸けてあって、扁額には「眉子山房」と鳴鶴風の意外に生真面目な字が読まれた。千鶴子は先ず硯の蒐集におどろいて棚に近よった。すると東野は自分の財産の主要なものは硯だけだと云って笑い、鳩首の彫刻のある蒼黒い硯を出して指先で撫でながら、これが眉子《びし》だと訓えた。そして、日本へ帰った以上は東洋文明を知るために、紙、筆墨、硯に対して一度思いを深めるべきでここにもつとも精緻な文化の華が潜んでいるとも語った。棚の上に直接見える古硯類には和硯が多かったが、品種は全国にわたっているのも東野の綜合的な性格がよく窺われるものだった。近江の虎斑、甲州の雨端、長崎の若田、福井の紅渓、駿河の馬蹄と、東
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