なく腰を降ろして睡蓮を眺めるのだった。
「ときどきこれからここへ来ましょうね。あたし気に入ったわ。こんなに静で、それに誰もいないんですもの。」
 手をついてそう云う千鶴子の指の間から芝生の新芽が伸び出ていて、手頸の初毛の上を匐って来る蟻の黒い蹌踉めきが、新婚に入ろうとしているものの生彩ある放心を感じさせた。矢代は刻刻に充実していく自分の喜びの常でないものを覚えたが、ふとそれがどういう訳ともなく哀感に変っていく細い流れの伴うのも感じ、蟻から下の睡蓮の方に眼を転じた。水すましの描いている波紋が沼に降り込む雨に似ていた。

 東野の家は公園から間もない高台にあった。壊れた門から玄関まで相当遠い前庭に雑草が茂っていて、その草の中に花飾の下った台石の高い柱廊が見えた。一瞥した家の様子は、東野の酔狂めいた風格のある部分をよく顕したものだった。千鶴子の話では、東野の夫人は歌人だが関西の財閥の出で、病身のためいつも夫人附きの須磨の別宅に寝んだきり東京へは殆ど出て来ないとのことで、三人の子供たちも二人は須磨、長男だけが乳母に育てられ父と共にいるということも、矢代は初めて聞かされた。また千鶴子がそんな東野
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