感じ、これで千鶴子と自分との縁談が整うような日が来たら、塩野の立場も今の自分のような位置に変るのだと思った。そこに瞬時に巻き違う寂しさに似たものの淀みもたまって来るのだった。それにしても矢代は、これで自分が旅さきで千鶴子に汚点を滲ませていたなら、こうして彼女の母と会う苦しさも、今と別して心忌ましい夜となっていたにちがいないと思った。その点、まだ何事もなく旅中の友づれに変りのない現在の自分だったが、しかし、そう思うと、とやこうと気がねを組んで考える自分の憂鬱さが、急に明るみに照し出された汚点のように見えて来て、さすがに人の母たるものの貫禄は、このような微妙なところに射し出るものかと、矢代は、またもそんなところに感心されて来るのだった。
 塩野と千鶴子の母の間では、それからも暫く、由吉や塩野の小学時代の父兄会を中心にした親たちの話がつづいた。そのどの話もみな矢代の知らぬことばかりだったが、ある山科という人物の話になって来たとき、別に取り立てていうべき事でないにも拘らず、妙に塩野の受け答えが渋りがちにっかえ、ときどき矢代の方を向きかけようとしては、表情をもみ消す彼の気苦労の様子を見た。矢代も
前へ 次へ
全1170ページ中945ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング