思った。間もなく、今まで暗かった庭の芝生の一角に、応接室からの洩れ灯以外の別の光りが射し、一本立っている樅の太い幹が浮き出ていた。そして、襖を開けたてする音につづいて間もなくドアが開いた。
「やア、これは――遅くから失礼してるんですよ。」と塩野は頭髪を撫でつけ、千鶴子の母らしい人に立って云った。
「まア、わざわざ送っていただいたりしましてね。由吉が電話で今夜は帰れないって云って来たもんですから、そのつもりで早く寝みましたのよ。」
 塩野にゆっくりした口調でそういう千鶴子の母は、矢代の方を少しも見ようとしなかったが、それでも無意識にむじな菊の着物の襟を併せていた。千鶴子には似ない細い眼尻の下り気味のところや、下ぶくれの豊かな頬には、幾らか気ままな感じも含み、特に長めの睫毛の影には、裕福そうな落ちついた品もあった。どちらかといえば由吉に似ていたが、人を容易に受けつけそうもないおっとりした白味の多い眼は、家中で一番権威を具えた存在なことも、ひと眼で矢代には呑み込めた。千鶴子がすぐ次に矢代を母に紹介した。すると、千鶴子の母は笑顔を消し初めて矢代をじっと見詰めたまま、何も云わずにお辞儀をした。そ
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