のだと思った。ただの一年で見切れぬものを見、聞きなれぬものを聞き、行いきれぬものを行った結果が、この夜道を選んだのだとすると、間もなくこれから見える千鶴子の家の門口は、自分にとって地獄か天国か、どちらかの道の入口にちがいはないとも思った。
「今日は僕らは一日海を見て暮したが、何んでもない日じゃなかったね。僕は東野さんらの船の入港して来るのを見ているとき、旅立ってから一年もたったのだなアと思ったが、しかし、君、あの夢みたいな僕らの一年は、あれは非常な生活の実践だったどいうことが分ったね。みんな、あれは幻影じゃない、実践だったのさ。僕の死んだ父親だって、また君らのお父さんたちだって、生きているうちに一度はどうしても行ってみようと一生思い詰めて、とうとうそれも行われずに死んじまったことを、ともかく曲りなりにも、僕らは実践しちゃったんだからね。そしてどうだろう、何んのことはない、二代もかかって紙一枚の御幣に気がつくなんて――」
 矢代はその最後のところで云い辛くふと黙ると、「残りたる紙一枚や父の春」と、そんな句が口から自然に出た。ブロウニュの森で東野や久慈たちと句作をやって以来の彼の句だったが
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