来るのだった。しかし、矢代はこの日、槙三から持って来てくれた千鶴子の報知のことを思うと、それが何よりも嬉しかった。海の開けている河口の霧も、末拡がりに開いた白い扇に見えて元気が出た。彼はこのような機会に、千鶴子の家へ結婚を申し込むべき形式の相談を二人でしたいと思ったが、傍にまだ人がいてそれも出来がたかった。橋の欄干から離れて歩いて行くときも、矢代は暫くそれを云い出す機を覗って緊張した。賑やかな通りに出てからも、傍を人の通り抜けようとするとき、身を除ける自分の肩が千鶴子に触れると、つい押し気味になって彼は千鶴子を道の片側によせていった。そして「今夜はお宅まで送らせて貰いますよ。」と云ってみた。
 まだ意味も分らぬ容子の千鶴子は、ちらっと彼を見て笑っただけだったが、そのとき烈しく片頬に灯を受けた靨の鮮やかさは、初めて船で見たときと同じ美しさだと矢代は思った。
「僕は二三日中に重要な手紙を上げたいんですが、そのときには、あなただけでも、うんと云って下さい。良ろしい?」
 千鶴子は返事をせずに軽く一寸頷いた。

 四人づれの矢代らは、省線を降りてから暗い道を幾つか曲って行くうち、もう来た方向も
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