されてまた彼女もそのまま黙った。矢代は千鶴子の視線が忘れられず、それから続いて聞える談笑の底から、彼女の方へ身をよせかけて、
「何んです。」と低く訊ねた。
「お昼に船を待ってたとき、お訊きしたいことあるって、あたし云ったでしょう。あのことなの。」
千鶴子がこう云っているときでも、あたりのものらはそれぞれ別のことを話し始めたので、幸いに二人の話は皆に分らずに終りそうだった。千鶴子の訊ねたいということは、なるほど彼女の思い出したのももっともなことで、兄の槙三から頼まれて来た用事だが、越後の山の湯にいるとき、矢代が槙三に話した幣帛の切り方に関することだった。それは一枚の白紙を無限にずるずると切り下げて垂らしていく幣帛を、宇宙の形と信じた太古の日本人そのままに、今もなおその幣帛の上に鏡をいただくように安置し、祠の本体と信じている心の美しさについてであったが、数学者の槙三には、矢代の話の中そこが一番の興味の中心だったと見えて、学校に行ってからそれを先輩たちに話したらしかった。ところが、一枚の白紙を無限に連続して切り下げる方法は、目下世界の数学界に於ける最大問題である集合論のうち、特にヒルベルト
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