た。
「相変らずだ。」と答える侯爵は表面閑そうな声だったが、地もと県民の種種雑多な集りの会長を引受けている関係上、その仕事の多忙さは、産業や教育、工業や政治関係など、華族仲間の交際以外のことだけでも容易なことではないと矢代には分った。一見、閑そうに見えているものでも、どこかに必ず人知れぬ多忙さがあるものだが、それは、このごろの矢代のみならず、ここに集っている誰彼皆がそうだった。殊に侯爵は県民の育児と教育事業に熱心で、図書館の蔵書目録を充実させることには、直接の力を惜しまない風だった。全国でも侯爵の県下の図書の豊かさは、一般に鳴り響いていることだったが、育児事業の完備と育英奨励も、これまたともに有名だった。
「僕は船の中で東野君にもいろいろ話したんだが。」と男爵は侯爵の方にナイフを持ったまま傾いて云った。「田辺のように図書館を豊富にしたり、育英、育児に熱心になったりするのは、これは勿論大いに推賞すべきことだと思うんだが、僕は自分の研究の社会学をすすめていってみてだね、どうも、自分の郷里の県下を健全な方向に発展させるためには、先ず何より市町村の祭りを大切にして、これを奨励すべきが根本だと思
前へ
次へ
全1170ページ中906ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング