も浅く、その間どこへも出かけず引籠りがちだったもの寂しさの、身に沈み入って来ているときだったので、一度海気にあたって、旅の日のうつろいに気持ちを転じるのも、元気を取り戻す法かとも思われた。父の四十九日が過ぎれば、長い期間休んでいた会社へも出てみるつもりであったが、このごろ知人から、ある大学の歴史の時間を受け持つことを奨められてもいた折のこととて、その方のことも応じてみる興味も起っていて、このままでは家にいがたい仕事への情熱も日に感じられる際だった。「遣唐使と日本に於ける近代精神の交渉」という評論の一部も、前に矢代は母校の教授に出してあり、幾らか好評を受けている話も聞かされていたから、なお励みも増して来ていたときの突然の父の死だった。この父の死は急速に矢代に生活のことを考えさせる原因となって、今も横浜まで行く電車の中でも、学校で歴史の時間を受け持ちながらする会社勤めについてまた彼は考えるのだった。彼の建築会社は叔父の会社だったから、休養中にも月給の給与はあり、他の社員との人事関係さえ考えて行動しておれば比較的勤めは苦痛なことではなく、むしろ、それが彼の自責となって成績を阻む病癌ともなりが
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