かに鼻を打った。すると、胸の下へ手を入れていた幸子が突然父から手を放した。
「お父さんまだ温かいわ。もう一度お医者さんに診ていただこうじやありませんか。あたし死んだんだと、どうしても思えないわ。」
 強くそういう幸子に母も戸迷ったらしく、同様に手を放すと、
「そうだね。」と云ってぼんやりした。一瞬、争われぬ父の死に拘らず、誰も疑いを起した沈黙がつづいた。
「ね、そうしましようよ。こんなに温いの、死んでる筈ないじゃありませんか。」
 とまた幸子は片膝をついたまま皆の顔を見廻した。
「それや駄目だよ。さア入れよう。」と矢代はためらう皆を促して云った。
「だって、こんなに温いんですもの。あたし、このまま入れるのいやだわ。」
「いやもう間違いない。」
 矢代は介意わず父を抱き上げたので、また一同のものも彼に手伝って父を棺へ納めた。枕も紙製のが棺にあって、檜の白木が造花や経帷子の中から強く匂って来た。奥の牀へ横に長く納った棺側に大きな花環も並ぶと、それで次第に葬の形が整っていくのだった。見よ人これにて定まれり、と厳然と云い放っている棺であった。それが父から矢代の教った最後の訓戒であった。

 降
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