無造作に話されたと同様、いつか機嫌の良いこんなある夜に聞かされたものだろう。そして、基経の名だけは、自分の後から来るものにも、家の続く限り記憶に繰り返され蘇ってゆく代りに、やがて、自分や父の名は忘れ去られるにちがいない。しかし、その中でも、父の残した逢坂山のトンネルだけは、以後これで、基経の名と共に子孫の頭の中から消え去ることはなかろうと思った。
 書院の外の梅の枝に軽く雪の鳴るのが聞えた。母は台所から銚子を持って来たときやはり雪だと二人に報らせた。
「わしの危かったときは、宇治川の水電だったな。あれを作るときには東洋一だというので元気も大いに出たが、そのときも反対派の技師とわしは喧嘩をして、じゃ、やるが良かろうと向うのままにしてみたら、とうとうそこから崩れた。そこで大ぶ生埋めにされたが、崩れはわしの足もとまで来て止った代りに、成田のお札が真っ二つに割れていたね。はッはッはッ。」
 父一代のほこりか顔は赧く熟し機嫌も一層良さそうだった。しかし、矢代は父から基経の名を聞いたときから、いつとは識れず暗鬱な情緒を次第に強く感じて来ていた。それも基経の子の時平が矢代のもっとも好きな菅原道真を太
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