ときは矢代は自分の年も忘れ、十歳ほどの少年のような気持ちになり、いまだに成長した覚えのないのが不思議だったが、それが父から酌を享けると、突然に身丈の伸びた感じで気羞しく盃を出すのだった。いつもは父とあまり話さぬ癖の彼も、そうして三四杯父から続けられるにつれ、疲れに酒が加わって、何かと饒舌り出しそうな気色も動いて来たりした。
「久木さんはもうお幾つだ。」と父は自分も子に注がれたのを享けて訊ねた。
今日の父の上機嫌は、母の話したことに原因しているのも矢代には分っていたが、どういうものか久木男爵のことだけは、直接父に話す気がまだ起って来なかった。
「赤い襯衣を着る年だとか、云ってられたようでしたが。」
男爵の不在を好都合に迂濶に失礼な言葉使いをしては、父に叱られそうで彼も幾らか固くなって答えた。
「ふむ。」
父は何か自分の年齢や、その他久木家の先代の年齢との開きなど考える風に暫く黙った。
「お父さんが久木さんのところに勤めていられるころは、主にどういうことをしてられたのです。」
「あのころはもうトンネルの設計をしていたよ。難工事で人が失敗すると、いつもその後をわしがやらされたもんだな。
前へ
次へ
全1170ページ中844ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング