頭に泛ぼうものなら、もう駄目です。良い音が出て来ませんね。」
 こういう事を云うときの久木男爵の眼は急に変り、澄み透った光を泛べた。気ままそうな小柄な身体の持ち扱いながらも、争われず芸術に錬えられたものに共通な誠実さが顕れた。
「しかし、あなたのような方だと、世間が誰も芸術家だと思わないですから、そこがお困りじゃありませんか。」
 と、田辺侯爵が半ばひやかし気味に云った。
「そうそう。わたしの悩みはそれなんですよ。どんな善い物を作っても、日本の人はわたしが作ったものだとは、思ってくれないのですから、これは残念です。一生懸命になっているものが、一つも真面目に相手にされないなんて、こんな悲しむべきことはありませんよ。」
 思いがけなく富貴の悲しみを聞きつけた思いで、矢代は久木男爵の孤独な顔を注意した。
「じゃ、まだわれわれの方があなたより幸福なわけですかね。」
 と音楽家の遊部がアッペリティフに顔を染めて笑った。
「いや、それは本当ですよ。わたしも日本人が相手にしてくれないので、仕様もなく、このごろはずっと外国で作品を発表しておりますが、外人はみな真面目に取り扱ってくれております。相当にこ
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