きましょうよ。」
何かもう侯爵と千鶴子との間に打ち合せもあるのかと一寸矢代は考えたが、しかし、今日だけはやはりまだ早すぎる懸念もあって、彼は返事を云い渋った。千鶴子は急に視線を変えて塩野を見詰めていてから、彼と知人たちの会話の途切れる隙を見て傍へよっていった。何か云われたらしく塩野はすぐ頭を掻き掻き矢代の方へ歩いて来た。
「今日は上っているのですっかり忘れていた。今日ね、これがすんでから、侯爵の別邸へ招待を受けてるんだが、君も一緒に来てもらいたいって、侯爵から頼まれていたんだよ。どうも忘れていて失礼。僕のお祝いだそうだから枉げて出てくれないかなア。」
塩野の祝賀会だとあれば矢代もむげに断れなかった。
「じゃ失礼して出席させていただこうか。」と矢代は答えた。
観覧人の出て行く後から後から、また新しく人人が這人って来た。塩野の知人たちも同様帰った後、つづいて別の知人たちが階段を昇って来たが、その中に一人塩野の叔父の友人で、日本で屈指の富豪といわれている久木男爵の姿が見えた。この男爵は支店を海外に沢山持っている関係上ながく外国で暮した人だった。背はどちらかといえば小さくまた痩せていた。
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