一堂の中を見廻していると人に愛せられる塩野の性質の自然に醸し出すなごやかさが溢れていた。
「このかた、パリでピアノをやってらした、藤尾みち子さんです。」
 と塩野はまた一人の婦人を矢代の傍へ来て紹介した。藤尾という婦人の服装は、これまたどういうものか、侯爵夫人と殆ど同一の服装だった。長靴の切れ目にぴんと生えた摘まみの羽根が、一人のときは面白い風情があったのに、二人並ぶと少し鬚のように目立ったおかしさに変って来たが、それでも他の集りとは一種違った偉観となって、場中に特殊な空気を添えていた。
 藤尾は侯爵夫人と交遊も深そうに見え、いつも二人が並んで話すので、自然に千鶴子は割られた形となって再び矢代と話す機会が多くなった。
「あなた、今日はどうなさるの。あたしたち今日は侯爵に御招待されてるんですけど、あなたもいらっしゃいません。」
 千鶴子は人目を避ける風に棕櫚竹の葉蔭で声をひそめ矢代に訊ねた。
「しかし、それは――」
 まだ誰からの音沙汰もないときに矢代も勝手な返事も出来かねた。
「いいんですのよ。あなたさえおよろしければ。」
「そういうわけにもいかないでしょう。」
「でも、御存知なの。行
前へ 次へ
全1170ページ中785ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング