た場合に起る母の足踏みを思うとき、
「さて、困ったね。」
と思わず火鉢の上へ胸をのり傾けて呟いたが、それもさほど弱ったことでもなく、そんなに呟いてみただけのようなものである。
雪に包まれた中で舌にのせる汁粉は美味だった。満目の白さが甘い液汁を包んだ塊のように見えて、日に解けとろりと崩れた部分の湿り工合まで、味わい深かった。
駅からの帰りは橇にせず彼は歩いていった。靴の下で根雪の鳴るのもこの朝のは踏み応えのある音だった。辷らぬように彼は両手を大きく拡げ、鰐足になって、ゆっくり歩くうち妙におおらかな気持ちを覚え、枯松葉を焚く匂いがどこからか掠みとおって来ると、それがまた奥山の匂いとなり一層胸が緊った。
街端れをすぎて影の消えた所へさしかかってからは、邪魔物もなく降り注ぐ光りでますます矢代は幸福を感じた。それは千鶴子とはも早や何んの関係もない、自然の法悦のようなものだった。
谷を見降ろし山を見上げる眼に、波うつ雪の白さがうす紫に霞んで見え、足もとのあたりからぼっと金色の光彩の打ちあがって来る中に、自分の影だけ長く後に倒れかかっていた。足に気をつけて歩いているためか、間もなく脇下から
前へ
次へ
全1170ページ中769ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング