汗が流れて来た。彼は休んで空を見上げると、実にふかぶかとして澄んだ空だった。またそのあたりが千鶴子を橇に乗せて来たとき、風の荒れ狂った場所でもあった。あの風に乗って狂いはためく羽音を立てて橇を襲った、例の夢中の千鶴子の飛び廻ったところもこのあたりだ。それに今は、澄み返った空にくらげの浮き漂うような安らかさで、また何ものか透明な流れるものの姿を感じ、矢代は、その諦めたようなひっそりした静けさにふと悲しみを覚えた。
彼はあの夢の千鶴子が忘れられずいとおしかった。もし千鶴子と結婚が定まれば、もうあの夢とも最後かもしれぬ。そう思うと、見上げる空の色がいつもより遠ざかって深かった。
「いや、あれだけは幻影とは思えない。たしかにあれは本当だ。それだから別れがこんなに寂しいのだ。」
矢代はそうひとりぼそぼそと呟きながら、光りに射し返った金色の波の上を鰐足でまた渡っていった。
小屋へ帰ってから、矢代は千鶴子の手紙の封を切った。手紙には、彼の予想したこととはそんなに違わぬことが多かったが、その中に、彼女の母の奨める青年が早く返事をくれとしきりに迫って来ていることと、今一人別の青年と二方から押し
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