た。踏みつけられた固い雪に朝の日が射しているので、足もとの寒さにも拘らず肩は温かった。彼はすぐ山小屋へ引き返す気も起らず、何んとなく愉しいままに駅前の汁粉屋へ這入って火鉢に手を焙った。狭い家の中は日光に照り輝いた前後いちめんの雪で明るかった。彼は千鶴子のいるときよりも、むしろ今のひとりの方が延びやかに感じられ、汁粉を待つ間が、思いがけない幸福な時間になるのだった。
 千鶴子の渡していった手紙が、ときどき外套のポケットの中で重く手に触れたが、彼はその手紙のために紊される今の愉しみの方が惜しまれ開封しなかった。今としては、ただ双方に結婚の意志が失われずあると分っているだけでも、彼は充分に恵まれたこととしなければならず、その他のことではたとい不満なことが多かろうとも、結婚を急ぐことさえしなければやがて消えるべき不満だった。
 雪の中に蜜柑の皮の落ちているのを眺めながら、矢代は自分の母へ千鶴子のことを打ち明けることも考えた。しかし、それも彼女の母の気持ちの定らぬ限りまだ云い出すときでもなかった。もしそれを云い出したときの渋る自分の母の顔も想像出来た。殊に両家の財産や宗教や、血統などの違いを知っ
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