のは、母の実家が法華なものだから、小さいときから南無妙法蓮華経で育ったでしょう。ですから、僕の父の所へ来てからでも、南無阿弥陀仏ではどうしても有難さを呼び醒すことが出来ないらしいので、そこでひとりいつも苦しんだらしいのですよ。実際それは、真面目になればなるほど苦しいにちがいないんだし、そうかといって、良い加減に捨てても置けないことでもあるしして、やはり今でもそこに、何か、父との間でごたごたしているものがありますね。」
「じゃ、あなたはどちらですの。」
 と千鶴子はすかさず訊ねた。
「僕は古神道です。」と彼はここだけ小さな声で云ってから、
「しかし、これは宗教じゃないですよ。神道とも違います。」と云い直した。
「古神道って、何なのかしら、あたし初めて聞いたわ。」
 千鶴子は羞しそうにこれも小声で云うと、微笑を浮べたまま、遠い夕空を見上げていたが、それでもまだ容易に訝しさの去らぬ表情だった。山頂に漂っている明るさはもう空からかき消え、峡間には刻刻暗さが増して来た。そこへ槙三がのそり娯楽室から戻って来ると、氷柱の下った廊下が急に遽ただしくなった。そして、女中たちの火を運ぶ音や、膳を置く音がつ
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