。彼が出て以来それまで相分れて争いをつづけていた宗教と科学とに調和をとらしめ、人間を自然の秩序の中に置き直して、西洋にルネッサンスの花を開かしめたこのことは、これは矢代にとっては、長らく疑問のままに捨てていた中世紀の暗さの中から見出した手応えある光った鍵ともいうべきものだった。このようなことは宗教史に明るい者にとっては、別に異とすることではないにちがいなかったが、調べ物の範囲に設計図を引くためには、矢代の重要な一条の幹線となるべきことだった。殊に宗教の本質を失わしめず、それとまったく相反する科学を、人間最低の知力という能力に咲かしめた花とし、またそれを人の肥料ともせしめ得た配慮と工夫と政治の中には、今もなお東洋人の取捨選択すべき幾多の重い穂粒の水中に沈んでいる筈の箇所だった。そして、この聖トマスが苦心をこらしてルネッサンスのキリスト教の中から断絶せしめた東洋の神秘思想の上には、今こそルネッサンス以上の開明期のさし昇って来ているときだと矢代は思い疑わなかった。実際、彼はそれが眼のあたりに来ているのが感じられて嬉しかった。
 矢代は自分らの苦心の勉強もすべては西洋に答うべき東洋の美質の再建
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