だって困っているが、ただ僕のは困らぬ方法を講じているだけだよ。もうこうなれば楽しむより法はないからね。」
どんなに意識が確かだと思っていても、どこかに矢張り病的なところの生じてしまっているのは否めないこのごろの二人だったが、どこが病的になっているのかそれぞれ二人には分らなかった。ただ一方が下へ下れば、他の方がそれが下っただけ上へ上げねば心の均衡のとれぬもどかしさにいらいらとするのだった。しかもそんな状態がいつも二人につづくのである。今もまたそんなにふとなりかかったとき、西の空からもうプロペラの鳴る音が聞えて来た。久慈は窓から空を眺めてみた。
「あれだよ。空から下って来るのも良いものだな。天降りというやつだ。」
銀灰色の一台の単葉がエア・フランスのマークを尾につけつつ見る間に大きく空中に現れた。
「イギリスの飛行機に乗って来ないところを見ると、よほどパリへ来たかったのだね。降りるぞ。」
矢代は入口の方へ廻って斜めの構えで旋廻して来る機体を眺め、もう真上からこちらを見ているにちがいない千鶴子を想像するのだった。やがて、飛行機が草の上を辷りつつホールの正面へ来て停ると、胴の中から昆虫の
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