たいんだからね。」
「こうなって楽しめる奴は、楽しめよ。」
「じゃ、失敬、君のような阿呆にかかっちゃ、日本人も出世の見込みがなくなるだけだよ。」
「そんなに出世をしたいのか。」
 と矢代は云うと、放れて行こうとする久慈の方を見詰めて立っていた。すると、突然、アンリエツトが矢代の傍へよって来た。
 久慈は矢代の傍へ行こうとするアンリエットの腕を引きとめて、
「行こう行こう。」と引っぱった。
 しかし、アンリエットは矢代に近づいて、
「あなたもいらっしゃいよ。」
 と云いつつ矢代の腕をかかえると、右手に久慈の腕もかかえ、ルクサンブールの角を右に曲った。
「ドームへ行きましよう。まだ踊りには早いわ。」
「どうして君と僕とは、こんなに喧嘩ばかりするのかね。」
 と久慈は苦笑をもらして矢代に云った。
「そんなことはパリに聞け。俺に感心した奴は、もう死んでる奴だといってるじゃないか。見ればいい。ここを。」
 片側の鋪道に青い瓦斯灯が立っていて、人一人も通らぬその横には蘚の生えたような石の建物がみな窓を閉め道に添って曲っている。矢代はマロニエの太い幹と高い鉄柵との間を歩きながら、森閑とした夜のこの通
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