ていてから答えた。
「そうだね、誰一人も日本の真似をしてくれぬということだよ。」
「ははははは。」
 久慈は思わず噴き出した。しかし、急に笑いとまると彼もだんだん沈鬱になっていった。ショコラの軽い舌触りも不用意な久慈の質問で味なく終ろうとしかかったときである。久慈は歎息をもらすと、
「あーあ、どうして僕はパリへ生れて来なかったんだろう。」
 と肘ついた掌の上へ頬をぐったりと落して呟いた。
 瞬間、矢代は胸底から揺れ動いて来る怒りを感じて青くなった。けれどもそのまま身動きもせず、街路樹の立ち並んだ黒黒とした幹をじっと眺めていた。
「僕はヨーロッパが日本を見習うようにしたら、どんなに幸福になるかとそればかりこのごろ思うね。どうもそうだ。」
「ふん。」
 久慈は鼻を鳴らしてボーイを呼んだ。勘定をすませてから三人はルクサンブールの外郭を黙って鉄柵に添って左の方へ廻っていった。意地に意地を張り合う二人の言葉だとどちらにも分っていながらも、しかし、この久慈という聡明で高級な日本人に、どうしてこのような馬鹿な心がひそんでいるのかこれが矢代にとって何より残念でたまらぬ日本だった。
「知識というものはた
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