あって。」
とアンリエットは訊ねた。
「ありますあります。」
「あそこのスフタ、忘れられないわ。ね、久慈。」
とアンリエットは久慈の方を向くと、彼にだけはフランス語で、自分は支那料理が好きだが、パリではどこのが一番美味かと訊ねた。
菓物棚からオレンジが出て来ると、また、アンリエットはパリの料理屋の質を知るためには、菓物棚に並んだ菓物を見るのが何よりだと矢代に教えた。オレンジからコーヒーに変ると久慈は口を拭き拭き延びをして、
「さアて、明日は千鶴子さんが来るんだが、弱ったなア。船の中と陸の上とは道徳が全く違うってことを、どうしたら女の人に説明出来るか、むつかしいぜ、これや。」
「そんなことは、君より向うの方が心得てるよ。こっちが変ってれば千鶴子さんだって変っているさ。」
「じゃ、その方は宜敷く君に任せるとしてだね。妙なことに、アンリエットさんのことを僕の手紙に書いたんだが、それにも拘らず、君に手紙をよこさずに僕にくれるというのは、第一これ君にはなはだ失礼じゃないか。」
「何も失礼なことあるもんか。それだけ君を使いたいんだから、僕を尊敬してるんだ。」
足をとられたように久慈はしばら
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