った。
「いや、そこがさ。」
 こう云いながらも矢代は、巴里祭の日に、サンゼリゼの坂で中央の伝統派の一団と、そこへ襲って来た左翼の打ち合う波の間に挟まれ、殴られつつも、まだカメラのシャッタを切っていた塩野の勇敢さを思い出した。
「あの巴里祭のとき、君が殴られながら撮った写真、あれどうしました。」
「そうそう、あれはうまく撮れてた。引き伸して送りますよ。あの時は、まったく偶然なチャンスにぶつかったが、その代りに頭が割れそうだった。痛い痛い。」
 いつも巴里祭の話になると、顔中ぽっと紅をさす塩野の癖がまた出かかったと思うと、突然彼は話を換え急に馴れ馴れしい、一種頓狂な薄笑いを泛べた眼つきをして、
「あなた、氷河の写真入用ならありますよ。僕あなたと別れてから、またチロルへ行ったんですよ。あなたの渡ったあの氷河が忘れられないものだから、日本へ帰る前に何んとかしてもう一度と思って、とうとうまた行って来た。いいなアあそこは。」
「行ったんですか。」
 矢代は不意に虚を突かれた形で妙に胸が高鳴りをつづけた。暫く赧らみの面に噴きのぼって来そうな予感のまま、彼は氷河の厚い量層を眼に泛べるのだった。
「あ
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